今日も輝く女性農家

坂戸市 紺屋

原 智恵美さん(50歳)

想像もしなかった人生の転機。繋がりを大切にし、前へ進み続けます

連携プレーで効率アップ。社員やパートをまとめる敏腕女性農家

青い空。白い雲。そして辺り一面に広がる水田。「今年もこの季節がやってきました!」そう意気込むのは、田植え作業に励む原智恵美さん。原さんは坂戸市で大規模農業を営む「株式会社 原農場」の専務を務める敏腕の女性農家です。農業に携わって17年。令和元年に同社が設立したことを契機に、本格的に農業に取り組むようになりました。ベテラン農家の仲間からはその仕事ぶりを「いつも本当に一生懸命仕事をしてくれる」「思いやりがある人だから周りがついてくる」などと評価されており、社内での信頼の厚さが うかが えます。原さん自身も「1人では何もできない。周りとの繋がりや、皆さんのご協力があってこそ仕事ができている」と話します。
生産しているのは米・麦で、合計130ヘクタール。米は37ヘクタールに「コシヒカリ」や「彩のきずな」、「むさしの26号」、もち米など5品種。
麦は93ヘクタールに大麦の「すずかぜ」(6ヘクタール)、小麦の「ハナマンテン」(87ヘクタール)の2品種を育てています。
原さんは専門学校を卒業し、教育関係の仕事に正社員として約5年従事した後、伸一さんと結婚。息子を授かったタイミングで教育関係の仕事を辞め、子育てに奮闘する日々が続いていました。
そんな中、息子が2歳の時に、学生時代にアルバイトをしていた飲食店の上司と偶然量販店で再会し、「空きがあるからもう一度働かないか」と誘われ、パートとして働くことに。「息子が8歳になるまでは、ごく普通の生活を送っていたんです」そう語る原さんに、転機が訪れます。急遽、夫の伸一さんが家を継ぐことになり、農業とは程遠い生活を送っていた原さんの農業ライフがスタートしたのです。
「初めのうちは右も左も分からないので、周りの方に支えられながら、何とか仕事を覚えていくことに必死でした」と苦悩を打ち明けます。また、農業を始めるからと言ってパートは辞めず、農業との両立をする生活を約10年も続けていました。
農業は麦の種まきや田植え、刈り取りなど繁農期を中心に携わり、パートは朝方の人が少ない時間に行くなど、多忙な日々を送っていた原さん。「息子の存在があったから、ここまで頑張れました」と笑顔を見せます。

GPSによる直進アシスト機能付きなので、 真っ直ぐな田植えが可能です。

空いた隙間に丁寧に手植えしていきます。 「元気に育ってね!」と優しく微笑みかけます。

大変なことも周りや息子に支えられながら乗り越えてきた

周りに支えられながら、子育て、パート、農業とこなしてきた原さん。年々農業に費やす時間が増えたことなどから、パートの仕事を辞め、農業に専念するようになりました。そんな原さんに、農業一本でやっていく上での大変だったことを聞いてみると…。
「特にこれが大変!というよりも、全ての業務が初めてなので大変でした。田植え機やトラクターの運転・操作方法などの現場仕事だけでなく、事務仕事もやらなければいけないので。正直、時には気持ちが滅入ってしまうこともありました。それでも消費者の方に『より良い物を届けたい』『私たちの作ったものを食べて笑顔になって欲しい』という気持ちで、仲間の力を借りながらここまでやってきました」と語ります。「また、いつも私に寄り添い、相談相手にもなってくれていた息子が、高校生の時に本格的に家を継ぐ決心をしてくれました。しかも私から頼んだわけではなく、自ら言ってきてくれたんです。そしたら私はもっと頑張るしかないじゃないですか!」と、そこには頼もしい母親の姿がありました。

社員さんに熱心な指導をする原さん。ベテランの腕が光ります。

今後挑戦してみたいこと

専務として会社を引っ張ってきた原さん。今後に向けての想いを伺うと…。
「これまでは自分たちで作物を生産して、出荷することしかできていませんが、ゆくゆくは他の新しいことにも挑戦したいなと、まだぼんやりではありますが考えています。今はまだ現場にもメインで出ているので中々手が回らないですが」と話してくれました。「先ほどもあったように、消費者の方へより良い物を届けたい気持ちを常に持っているので、現状に満足するのではなく、更にその先を目指せるような人でありたいです!」。そう話す原さんの笑顔は輝いていました。
生活が一変したあの日から、家族のために、家のために毎日努力を重ねてきた原さん。様々な困難・葛藤を乗り越え、女性農家として今日も農業に励みます。

大麦の生育状況を確認中。 そろそろ刈り取りの時期がやってきます。

大麦が終わると次は小麦の刈り取りです!


狭山市 上赤坂

吉田 明美さん(58歳)

笑顔が あふ れる女性農家、仲間と消費者の笑顔のために日々奮闘!

農業を始めて約30年 良質な農産物づくりに励むベテラン農家

夏の陽気を思わせる5月下旬、狭山市上赤坂の 圃場 ほじょう で汗をぬぐいながら作業に励むのは、今回の主役、吉田明美さんです。現在は家族とともに約1ヘクタールの面積で、ホウレンソウやサトイモ、コマツナをはじめ、ナスや切り花など年間約20品目の季節野菜などを栽培しています。栽培した農作物はJA農産物直売所「あぐれっしゅげんき村」に出荷され、人気を博しています。「家族で農業に励んでおり、夫は共販出荷、私は直売所への出荷を担当しています。直売所では育てた農産物が直接、消費者に手に届くので、特に『新鮮さ』と『味』を重要視しています。私たちが収穫した農作物で皆さんが笑顔になってくれたら嬉しいですね!」そう話す吉田さんからは、農業への情熱と消費者への想いが伝わってきます。
農家の家系で育ち、就農して約30年だという吉田さん。そんな吉田さんが本格的に農業に取り組むことになったきっかけを伺うと、そこには家族や農家仲間との絆がありました。

キュウリの栽培管理。これからのシーズンに向けて、立派に育つように手塩に掛けます。

就農への想い そして出会う新たな仲間

県立川越農業高校(現川越総合高等学校)を卒業後、一度は一般企業に就職した吉田さん。しかし、20歳のときに家族が病になったことをきっかけに、家に入り本格的に農業に取り組む決意を固めたと言います。「3人きょうだいの長女として生まれ、後継ぎだった弟は当時まだ学生でした。なので『私がやるしかない!』という想いを胸に農業を始めたことは今でも覚えています。幼い頃から両親の農作業を手伝っていたことや高校で農業を学んでいたこともあり、基礎知識はありましたが、改めて父から肥料のことや土づくり、そして種まきから収穫までの一連の工程を教えてもらい、親子二人三脚で農家への道を歩み始めました」。
25歳のときに現在の吉田家に嫁ぎ、そこでは世界農業遺産に認定された「武蔵野の落ち葉堆肥農法」に触れ、落ち葉掃きや堆肥の作り方など様々なことを学んだ吉田さん。一方で、当時は限られた近隣農家との交流しかできておらず、「新しい農作物を作り始めるとしたら何が良いのか」・「この農作物の剪定せんていや施肥はどのようにすれば一番良いのか」と考えても、先ず何から行えばよいのか悩むこともあったそうです。
そんな吉田さんに新たな出会いが訪れます。2014年に狭山市に「あぐれっしゅげんき村」が誕生したのです。

キャベツの生育状況の確認。JAの直売営農支援担当の職員からもアドバイス!

直売所の仲間は元気の源 仲間とともに学び、喜びを分かち合う

直売所への出荷をきっかけに新たな農家仲間ができた吉田さん。周りの生産者からの刺激を受け、新しく作り始めた農産物も多いと言います。「直売所には老若男女問わず、野菜づくりが上手な生産者が多くいます。栽培方法などに悩んだときにアドバイスをもらえる仲間がいるのは心強いですね。逆に悩んでいる人がいればアドバイスを送ることもあります。そのような関係性が生まれることで、直売所全体が良質な農作物を消費者に届けることができる。私はこの仲間とともに切磋琢磨できる環境が大好きです!」そう話す吉田さんからは満面の笑みがこぼれます。
直売所に出荷している生産者や従業員からも「吉田さんは明るく穏やかで、困りごとがあるとアドバイスをくれて頼りになる」と太鼓判。吉田さんの人柄の良さが伝わってきますね。

直売所での出荷時の一枚。吉田さんのもとには老若男女問わず、多くの仲間が集います。

ベテラン農家は勉強家 より良い農産物を消費者へ届ける

就農して30年が経った今でも農作物づくりは勉強の日々だと話す吉田さん。JAが主催の栽培講習会や生産者同士の交流を通じて知識を蓄えては、直ぐに農産物の栽培に実践しているとのこと。「アドバイスや学んだ知識を使って試行錯誤し、それが実際に成果として形になったときは嬉しいですね。私自身がステップアップしたという自信にもなります。また、何よりも消費者からの『美味しい!』という言葉をもらえたときは、農業をしていて良かったと感じます」。
そう熱弁する吉田さんに今後の目標を訊ねてみました。
「今後の目標は、無農薬に近い野菜づくりにチャレンジしてみたいと思っています。また、あぐれっしゅげんき村の農産物直売組合の役員を務めているので、『全員が良いものを作り、良いものを売る』という想いのもと、『新鮮で良質な農産物を届ける直売所』として更に発展できるように頑張っていきます!」
仲間や消費者を想い、日々奮闘する吉田さん。「美味しい農産物を消費者に届ける」という使命を胸に、今日も農業に励んでいきます。