JAいるま野 広報誌 2025.12|No.354
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治療だけでなく、段々と先生の養蜂の手伝いをするようになりまして。気づいたら大学4年間で手伝ううちに養蜂の専門知識が備わっていました」。「そうしてミツバチと関わっていくうちに『はちみつが採れるだけでなく、医療現場でも活躍しているマルチ性』に感動し、『養蜂を一生の仕事にしたい』という想いが芽生えました」と笑顔を見せます。大学卒業後は福島県の養蜂場で技術を磨いた後、養蜂のプロジェクトに参加するために、青年海外協力隊としてモザンビークで養蜂の技術指導をするなど、精力的に活動。しかし帰国後にマラリアを発症し、生死を彷徨うことに。寺田さんは「医者自然に囲まれた豊かな町で、耳を澄ませてみると…「ブーン…」。聴こえてきたこの羽音は、ミツバチたちが一生懸命活動している証です。越生町で養蜂を営む寺田篤哉さんは、就農して2年目を迎える若手農業者。現在、年間を通して15カ所に巣箱を設置し、100群前後のセイヨウミツバチを飼育。また、越生町の先輩農家から受け継ぎ、梅の成木林を約20㌃管理・栽培しており、約1㌧を出荷しています。そんな寺田さんがミツバチに魅了されたきっかけに迫ります。寺田さんは中学校卒業後に山梨学院高等学校・山梨学院大学へスポーツ推薦で進学し、駅伝部に所属。そこで駅伝部メンバーのかかりつけ医である先生が養蜂を行っていたことが、寺田さんに大きな影響を与えます。「初めは治療のために先生の元へ通うだけだったのですが、その治療の中で『蜂針療法』という民間療法に出会いました。患部にミツバチの針を刺すことで、膝の痛みが消えたんです。そこから私は蜂の世界にのめり込むようになりました。また、ミツバチに魅了されて早15年「健康」と「美味しさ」を兼ね備えたミツバチの魅力卒業生の今 を辿るいるま地域明日の農業担い手育成塾の02「いるま野」2025.12     寺田さん㊨と指導農業士の山口さん。ミツバチと梅は最高のパートナーです。 令和5年度卒業越生町寺田 篤哉さん(35歳)ミツバチの力で地域を元気に!梅の里「越生町」で奮闘する養蜂家

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